世田谷地区
【若代商和会】
若代会の成立時に想ひを致しますと、私の記憶では昭和一桁時であったと思っております。当時はこの地区は旧道即ちかつての農道を基にして周辺への住宅人口の増加によりそこに集まった人達の中による商業を営む方の集合が形成され、これも記憶ではございますが「友愛会」といふ名称の集ひがありました。時代が戦前戦中といふ時期はかなりにぎわっていたやふに覚えております。
上記のような状況下でしたが、戦災(一部ではありましたが)により当地を離れる方もあり空白が目立ったのですが、戦後の復興の歩みの恩恵を受け、また皆様の努力と相俟って再びこの地に「若代商和会」として戦後比較的早く会を結成されました。先輩各位のご努力には深く感謝致しております。
しかし時代の急速な進展に対し、各店の持つ諸事情により再び店舗の減少が起き、商店街という感は薄れ、一般住宅化した「通り」の様相で、増えるのは自動車の通行量のみといった感は皆さんの共通認識となってしまいました。
別紙にてご報告申した通りの現存の営業店がございまして、各店夫々のご努力により営業継続しておられます。
人口はこの地区減少はいたしておりません。ただ家族構成が高齢化していることには共通認識を持っております。得意対象をこのような部門に向け、新業態店では出来ない労働を伴ふ自助努力を傾け懸命に営業しているお店が散見されます。需要のあるところを見出し一生懸命な努力店に倣い各店が営業を継続し、地区の皆さんに貢献しているところがあることを大いに参考といたさねばならないと思います。