世田谷地区
【下馬新興会】
世田谷区下馬町が誕生した昭和7~9年頃に、当地に数店舗が開業した。そして昭和10年、青山師範学校(現学芸大学付属高校)の誘致をきっかけに商店街造りが行われた。
昭和12年、初代会長梅澤喜八により下馬新興会が発足。15年駒繋小学校開校。23年に目黒駅~日本獣医学校~三軒茶屋、27年には渋谷~野沢龍雲寺のバス路線も開通した。その頃中丸小学校、駒留小学校と開校が相次ぎ、人口増加と共に商店街の店舗も増加した。
昭和35年、青年部(若馬会)が発足し、店員や家族のリクリエーションも年中行事として行われた。38年、サービス券の事業部が発足。39年には街路灯を建設し
新規店舗も増加し活気ある商店街へと成長した。
昭和61年、婦人部(さゆり会)発足。しかしこの頃より近隣に大型スーパーの出店が相次ぎ、物販店は競争力に負け、バブル崩壊と共に商店街の活気は失われた。空き店舗の跡にサービス業が入店し、商店街は維持されているものの、その雰囲気は大きく変貌した。
平成9年には新しい商店街を築くため、『ふれあい』をメインテーマとした下馬新興会60周年式典を盛大に開催した。
『ふれあい横丁』では、毎年納涼大会、もちつき大会、福引大売出しを行い、春にはさくら祭り、ゲートボール大会等で近隣とのふれあいを重ねている。また商店街の親睦として各地合同で懇親会のバス旅行等を行っている。小さいながら一致団結した商店街である。